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刀語 第12話「炎刀・銃」

敗北の一発。

これにて完結。改めてひどい話だった。


今まで以上に長い話になりそうなので、これだけは言いたいということに絞って書くことにする。


いよいよこの作品の最後を飾る戦いにして、アニメ版『刀語』三大ガッカリ戦闘最後の一つとなる戦い、左右田右衛門左衛門との決戦である。本来このシーンは、派手な演出とは全く無縁、気づいたら大勢が決していたという手合いのシーンである。真面目に殴り合ってるシーンを良く動く絵で描かれてもむしろぶち壊しだ。

最初から炎刀を出す右衛門左衛門に対し、わずかな時間で炎刀の特性を理解したとがめからのその話を聞いていた七花は対策があるようなことを言う。そして変幻自在の足運びに定評がある七の構え・杜若を用いて回りを駆け回るが、それを右衛門左衛門は「正視に耐えない悪足掻き」と断じ、近づくところを撃ち込んだ。筈であったが、それこそが七花の狙いであった。動かれても当たるように広い範囲に向けて撃たれた弾丸は結果的に、当たりはしたが急所には当たらず七花はそれほどでもないダメージで敵の懐に入り込めたのだ。そしてあまりに近いその距離は、当然虚刀流の距離ではあるが、拳銃は逆に撃ちにくい。完全に追い詰められた右衛門左衛門はそれこそ「正視に耐えない悪足掻き」として最後の攻撃を行う。それぞれが繰り出した最後の攻撃七花八裂(改)と断罪炎刀と、その決着は。と、こういう流れである。作中時間ではおそらくほんの数秒だろう。

このアッサリとした感じこそがミソである。そしてこの結末を右衛門左衛門はそれこそアッサリと回避できたはずだ、本来なら。炎刀・銃を使わなければ良かった。それだけだ。七花が真正面から戦わず策を練る様な相手を苦手としていること、忍法のような理屈を越えたものを恐れていることを右衛門左衛門は重々承知の筈である。また、尾張に最初に来たとき七花は右衛門左衛門がいつの間にか背後を取ったことにまるで気付けなかった。つまり、背弄拳のような特殊な芸を交えれば、勝てはせずとももっとはるかに善戦できたはずなのだ。にももかかわらず右衛門左衛門はそうしなかった。どころか、七花如きが考える策など知れたものだと完全に油断して、無造作に炎刀を使ってしまった。

私は、これこそ私の勝手な解釈で作中に説明など無いが、右衛門左衛門のこの失策は刀の毒が回ったからではないと思っている。鴛鴦戦、人鳥戦、とがめの殺害。右衛門左衛門は炎刀を使いすぎた。鴛鴦に止めを刺す以前彼はこの道具を全く信じていなかった。しかし鴛鴦に意外とてこずって使ってしまい、そして真面目に戦うのが馬鹿らしくなるその性能を認めてしまい、どこかこれが最も優秀な攻撃として頼る心が芽生えた。それが毒の回り始め。鳳凰に対してはまだ自制していたが、人鳥には一切の油断をしないと言っていきなり使っている。そしてとがめの暗殺である。このあたりになると炎刀を使うのが第一になってるとしか思えない。だからこそ七花の挑発に簡単に乗ってしまった。

結局鴛鴦に炎刀を使ったあたりからが彼の敗北の始まりだったのではないか。鴛鴦に使った一発さえなかったら、彼は炎刀の性能を信じることも無く、その後の展開は大いに変わったと思えるからだ。見方を変えると、鴛鴦や人鳥の戦いこそが右衛門左衛門の敗北を呼んだのだから、彼らの死は決して無駄ではなかった。

まぁ、右衛門左衛門に刀の毒が重度に回っており、思わず変体刀を使いたくなってしまっていたというのは私の勝手な解釈、妄想である。最初から炎刀を使わなかったらといって同じように敗れた可能性は否定できない。しかしだからと言って、アニメ版がその展開のシミュレーションとして適切かと言うとそんなことは全く無い。相生剣法は既に真庭忍軍に対してすら何度も破られており、まして七花は刀剣を相手取る達人であるにもかかわらず、何の策も無く剣を抜くとは、こいつは一体何を考えてるんだと言いたくなる間抜けぶりだ。それに炎刀以外の手段を使えるんならそれこそ出し惜しみせずに背弄拳とか断罪円とかを使えば良いのに手裏剣を投げたり、殴りかかるような基本的技術しか使っていない。これでは炎刀を使わないときのシミュレーションとして甚だ不適切だ。右衛門左衛門がそんなにバカであるはずがない。


ついでだから断罪円の正体でも考えてみよう。時に相生忍法生殺し、時に不忍法不生不殺、時に忍法断罪円と呼ばれるこれらの技は原作中だと意図的にどういう代物なのか描かれていない。垣間見える数少ない描写を見ると、被害者は「いったいどのような刀剣を使用したものか、無残なまでにずたずたに切り裂かれ」るようなもので「名前とは裏腹に、生かさず殺す技」「近距離においてその威力は絶大を誇る」などとある程度だ。では、これらを繋いで想像されるものとしては、人間を素手で八つ裂きにする、といったところ即ち七花八裂の同類ではないかと思う。

七花対右衛門左衛門の決戦の最後はこのように書かれる。

「断罪炎刀!」
「七花八裂(改)!」
 血飛沫が舞い――そして決着する。
 似た者同士の戦いが、一瞬にして――決着する。

確かに七花と右衛門左衛門との人生には共通する部分がいくつかあり、七花がシンパシーを覚えるシーンも幾つかある。しかしここでそれを持ち出すのはいささか唐突で不自然な感もある。しかしそこで断罪円も七花八裂(改)も似たよう性質を持っているとしたらどうだろう。最後になって似た者同士を強調するのも不自然ではなくなってくる。

なんにせよ、アニメ版のあのシーンは無いわ。何秒間その場で不毛に殴り合ってるんだよ。その後七花の全身をボロボロにするためにも、文字通り一瞬で決着をつけることは出来ないかもしれないけど無駄が多すぎる。断罪円の描写が海亀を殺したときとかみ合ってないし。


最後に一つ。これはアニメの内容が悪いというよりは、アニメ版視聴者がよく抱く勘違いなのだが。とがめの最期について、好意的誤解をする人がよくいる。今まで言っていた、旅が終わった後の処遇は全て嘘で本当は殺すつもりだった、というのはそれこそが全て嘘だった、とか何とかそんな路線の。ハッキリ言おう、これはあり得ない。

最大の根拠はメタな理由だが、この作品の作風としてあり得ないから。この作品は言わなくても分かること以外は考えられうることは全て書かれるのが特徴です。たまに言うまでもないことも書かれるけど。宇練銀閣や校倉必との戦いでは対策を練るシーンがかなりの時間を掛けて書かれている。毒刀・鍍に対しては様々な可能性を考えた結果その正体があやふやなものになっている。ところがこの、ヒロインの死であり、その末期に語られる衝撃的な告白であり、と二重に驚くべきシーンについてはひっくり返すような解釈が全く書かれていないのだ。それ以上詳しい解釈、考察が行われたりもしない。完全にこのシーンだけでやるべきことは全てやった扱いなのだ。ならばここは本人たちが言っていることが全てであろう。

これだけではどうかと思うので、もう少し作中描写に則った話というか具体的なことも。散り際の一言、というのがこの作品では何度か出てくる。とがめが散り際の一言を言うシーンは次のように書かれる。

 ありとあらゆる状況を想定し、どんな事態にも対応できるように気を配っていた彼女が唯一、まったく考える必要のないものとして位置づけていた――散り際の一言を、口にする。
「わたしは自分勝手で自己中心的で、復讐のこと以外は何も考えることが出来ず、死ななければ直らないような馬鹿で、そなたを散々道具扱いした、酷い、何の救いもないような、死んで当然の女だけれど――それでも」
 今思っていることを。
 そのまま、飾らずに言う。
「わたしはそなたに、惚れてもいいか?」

地の文がここまで強調している以上は、この最後の言葉がここまで考えていなかった、このときの嘘偽りなき真実の感情なのは間違いあるまい。だからこそ翻って、今まで見せた好意的言動は嘘ということになり、つまり、そのことを説明した今回の一連の台詞は本当だということになってくる。

ちなみにこのシーン、またさり気なく、原作の演出を無視している。本来、いつからかとがめは「大粒の涙を浮かべ」七花も「滂沱の涙を流して」いた、という描写なのにアニメだと七花しか泣いてない。どういう状況なのか描いた挿絵がちゃんとあるのに、態々無視してるとしか思えんな。第7話で七実戦の途中で七花を泣かせたのと同じような半端で不自然な変更である。


変体刀紹介コーナー
炎刀・銃

弾数六発の回転式連発拳銃、十一発の自動式連発拳銃、の二挺拳銃。以上。それ以上でも以下でもない。どこをとっても刀と言える要素は全く無い。その効果も威力、速度、精密さ、そのようなものの連射が容易く効くということ、全てにおいて、この時代においては比類なき特殊な兵器であるものの、この作品を見ている我々に取ってまで特別と言える部分は全く無い。正真正銘ただの拳銃である。弾百万発のコスモガンと化してたり、明らかに銃弾でないものが出てる描写もあるが、全て原作の設定、描写を無視したアニメの捏造です。なお、使った弾丸は補充しているらしい。そこまで含めて炎刀の一部なのだろうが、それがどこにあるのかは不明である。


登場人物紹介コーナー
・左右田右衛門左衛門

否定姫の配下。炎刀・銃を主と共同で所有している、ということになっている。かつて真庭忍軍によって滅ぼされた相生人軍の末裔で実際優れた忍者である。以前は、おそらくは頭領になる前の、真庭鳳凰とも友人であったがその性格を欲した彼によって、顔面を奪って殺された。肉体はともかく精神的に死んだも同然に成り、そこを否定姫に拾われた。以来、彼女の部下として生きている、らしい。

鳳凰との関係はそれだけで聞くと散々なものに聞こえるが、本人としては最後まで親友だと思っていたようだ。最後の戦いで不忍法不生不殺を言いなおしたときの彼の心情は「否定姫に出会う前は彼のすべてだった――親友の技を使用する」と記されている。ここに全てがある気がする。

戦国の時代に使われた技術を受け継いだと言い、その言葉に恥じない相生剣法、相生拳法、相生忍法など多彩でいずれも強力な技を使える。動じるところを殆ど見せない冷静な性格で、頭もそれなりに切れる。それほどの人物でありながら、最終的にはそれらをまるで活かせない敗北を喫したのはやはり変体刀のせいだと、わたしには思えてならない。
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