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PSYCHO-PASS 新編集版 第5話

人が人たる本当の意味。

*第4話が無いのは仕様です。


全身サイボーグの狩人・泉宮司豊久戦、前中編。一つの連続したエピソードを描いただけなので区切りは悪くなく、むしろ話が一気に進んだ感がありますね。このエピソードそのものが終わっていないのは、元々三回以上にまたがっている時点で二回抱き合わせでは一気に見られないわけで、気にするところではない。


泉宮司豊久は、全身サイボーグのパイオニアとされ、体を機械に置き換えることについて独自の哲学を持っている。誰もが機械技術を使うけれど、それが無ければ生活や仕事に支障をきたすというのなら、それは自らの体に等しい。もはや人は程度の差こそあれど誰もがサイボーグだと言えるのだ。機械技術の発展はサイボーグの発展であり、そしてそれは人間の不老長寿を目標としている、と。

この辺はテレビのインタビューに答えてのことであり、内容としてもそれなりにどこかで言われてそうなことではある。だが、彼の最大の特徴はここから先にある。肉体を保っても精神が伴わなければ意味が無いとして、精神の若々しさも保つべきとする。彼にとってそのための行為が狩猟であり、今は通常の生物相手では出来ないため、人間を対象として惨たらしく殺しているという。途中までは理解できたが最後で飛躍がありすぎると思わざるを得ない。

しかし、彼の言葉は結構聞示唆に富んでいる。技手や人工臓器でなくても、携帯端末が無ければ生活に支障をきたすようならそれは体の一部でありその人はサイボーグ。それは説得力のある意見だ。ならば人間の体とはこういうものである、とにわかには言えなくなってくる。肉体だけでなく精神も保たれていなければならない。確かにそうだろう。だからと言って植物状態は人間ではないと言うのは暴言も良いところだろう。人間とは何であるか、考えてみれば結構難しい問題を突きつけてくるようだ。


今回の追加部分。OP前、まだ監視官だった頃の狡噛が雑賀教授の講義を受けていたときの話、泉宮司豊久をたきつけた後、おそらくは作中時系列もその頃、槙島の独白。後者はさすがにちょっと蛇足感がある。ここまで追加部分には大抵槙島が出ていてライバルであることを強調しているようだけれど、本編も槙島との勝負が軸ってハッキリしてくる時期になってきたんだからこれ以上はやりすぎに見える。

対して、前者は良い仕事。もともと雑賀教授は狡噛が協力を仰ぐセンセイとしてそんなのがいるって程度の一発ネタのつもりだったのだが、何故か最後の方でまた出てくるそれなりに存在感のある人になってしまったのだとか。そこでこう、事前に意味ありげに出しておくことでレギュラー、セミレギュラーっぽくして登場をさほどに不自然にしない工作。良いと思います。


今回の新編集版ゆえの見所。征陸が“宜野座監視官の父親”を連呼するところ。今までは何とか我慢してこの件につっこまないつもりだったけど、もう無理だ。勿論本放送当時から気付いてた人は気付いてたけど、それはあくまで予想であって確定した知識ではない。知識としてハッキリ知っていると言い回しの違和感がひどい。
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