スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PSYCHO-PASS 新編集版 第1話

未来、日本は高度なシステムに管理されていた。

SFの定番、というか数十年前のSFですな、これは。


未来、日本人は朝食の献立やその日の予定といった軽微なことから就職の職業選択のような重大なこと、はたまたそのものが犯罪を犯しそうな精神状態かどうかなどといったことにいたるまで殆どあらゆる行動を全面的に管理するシステムに生活を支えられていた。これは、抑圧的支配システムから人間の自由と尊厳とを取り戻すために戦う者たちの活躍を描く管理社会型ディストピアものではありません。ここ、ここが実に肝要。ここを取り違えると物語の殆ど全てを誤解してしまう。故に声を大にして言いたい。

この物語は、たとえば『ドラえもん』の二十二世紀のような、そこまでやったら人間が怠惰で駄目になるのではないかと思えるほど現実現代よりもはるかに技術が進んだすごく快適そうな社会で、それでもなお生じる犯罪に立ち向かう警察の物語です。平たく言うと、現実現代とはまるで違う道具を使う刑事ものである。シビュラシステムとはそのための舞台装置、とまで言い切るのはさすがに問題であるが、そこまで大げさなものではない。精々、組織において現場の人間の感情も知らず次々と嫌な指示を送り込む偉い人、程度のものに過ぎないのだ。

シビュラシステムの際立った特徴は、○○をしなければならない、という類の指示が殆ど無いことである。考えてみて頂たい。常守朱は複数の職種に最高の適正を出し、その中から刑事を選んだ。そこには誰の強制も何の陰謀も無い。つまり適性検査は本当に能力を測っているだけで、細かい選択の自由は与えられているのだ。サイコパスの色相にしてもそうだ。色相のチェック自体は社会全体で厳しく行われているようだが、その色相に対してどういう態度をとるかはわりと各人の自由があるようだ。

まだ具体的犯罪行為を行っていない人間を潜在犯として処理するという設定も、そこから即連想されるいかにもディストピアめいた展開、何の罪もない無辜の市民が犯罪者として処理されてしまう、という事態は通常起こらない。色相の濁りも犯罪係数もそういうところまで考えて判断されている、筈だ。

いずれにせよ、シビュラシステムに絶対否定しなければならない致命的問題点というのはほぼ無い。社会にどこまでも入り込んでいるシステム→人間の方がシステムに支配されている→管理社会→ディストピア→否定して人間は自由になるべき、と考えるのは発想の飛躍があり過ぎるというものだ。注意しよう。


新編集版ならではの見所。冒頭と、最初の事件が終わってから狡噛が目を覚ますまでの狡噛のモノローグ部分が追加部分。設定が固まった今だからこそ描けるシーンですね。特に冒頭の槙島。槙島の行動原理というか、考え方が実によく表れている。

他には見所と言えるものは特にありませんね。本来の第1,2話は元々独立性がやや高いエピソードなので一度に立て続けに流されるとかえって纏りが無い。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:11番の日記
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
FC2カウンター
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。